都合よく [かわいい♪わんこ]
今日はチェリーちゃんとの昨日までの2日間を振り返ってました。 そして、いくつか気づいたことがありました。
チェリーちゃんが亡くなった昨日、たまたま動物病院がお休みの日でした。ちょうど別の血液検査を外部に出す予定にしてたのもあり、今日のお昼休みに電話で先生に亡くなったことを報告しました。
そのついでに、麻酔の影響もあったのか?聞いてみたんです。
そしたら・・・私の勘違いで、チェリーちゃんは麻酔を使わずに検査ができたそうでした!
そうだったのか。と、納得というか、安心しました。
「検査しなきゃよかった」という後悔が消えたし、こうなったのもチェリーの体力的な問題だったのだと思えたから気持ちが軽くなったのです。
死んでしまったことは、本当に悲しくて残念なんですが、生き物には命の限度もある以上、それを受け入れていくしかないし、あの血液検査の結果を見る限りでは、体も限界だったのかも知れません。
いろんな意味で、自分に都合よく考えてる自分がいます。
別の話なんですが、おとついの夜(死ぬ前夜)ふにゃふにゃしてるチェリーちゃんを抱っこして座ってました。
寝たきりになると褥瘡とかできるって先生にも言われたし、今までと同じ環境でいてほしいとの思いで、できるだけ立たせてあげたかったという気持ちがあったんです。
まるで首の座ってない赤ちゃんを抱っこしてるような感じでした。
私の肩に首を置き、リビングに一緒にいた両親の行動を首だけで追ってました。
本当に、赤ちゃんを抱っこしてる感覚に襲われた私・・・ちょっと幸せ感じてました。
「重さ的にも生まれたての赤ちゃんと同じくらいだし、首の座ってない子って、こんなだよな~」なんて思いながら、椅子に座り、なんとな~くゆらゆら軽く揺れてみたりしてました。
まだ妊娠すらしたことのない私がこんなことを思うのも変な話なんですが、死んだあと、あの時のちょっとした幸せな感覚をふと思い出すのです。
もう一度抱っこしたいな~なんて、思ってしまいます。
これもチェリーちゃんの最後の置き土産なのかな??と、都合よく考えてしまいます。
最後の朝、仕事に行く準備をしてる途中で、栄養ドリンクを少しでも飲んでほしくて飲ませてあげたんですが、その後、死んでることに気づくまでの私の記憶がないんです!!
確かに間違いなく私が自分で抱きかかえ、体操座りをした足の上に縦に座らせて器官につまらないように飲ませてあげてたんですが、その後、どうやって寝かせてあげたのか??ホントに覚えがなく・・・今日、母に確認のため聞いてみたら、ちゃんと私がゆっくり寝かせて、毛布までかけてあげてたというのです。
なんで覚えてないんだろう?ちゃんと顔を見てあげたのか??チェリーちゃんは私を見てくれてたのか?一番大事なことの記憶がないなんて、ホント都合よすぎです。
最後くらいきちんと見つめてあげたかったのに、それができていたのかどうかもわからない。。。悲しいです。
こんな振り返りをしていたのですが、やっぱり人間の脳は都合よくできているのだな~と実感してしまいます。
もしかしたら、チェリーちゃんはいつか、私の元に本物の赤ちゃんになって生まれ変わって戻ってきてくれるのではないか?などと妄想までしてしまう自分がいるからびっくりです。
悲しまないために脳が変換してるのでしょうか?こんなことを考えてしまう自分が正直、あまり好きではないです。
もっと悲しんでいたいにの、なんとか都合よく考え、逃れようとしてる気がするのです。
人間の脳の緊急退避策だと思いたい・・・
これもきっと、『都合のいい考え』なのでしょう。。。
チェリーちゃん、今まで私に、たくさんの幸せをありがとう♪
それでいいんだと思います。
チェリーちゃんは旅立ってしまいましたが、私たちはその後も、この世界で生きていかなくてはいけないのですから・・・
って、私も自分に都合の良いように考えています。
チェリーちゃんの最期を覚えていないというのは、きっとSHINOBUさんの中でチェリーちゃんが亡くなってしまった事をまだ受け入れられずにいるって事なのでは?
みんな、同じですよ。
私も、Kenが急に旅立ってしまって、原因が自分にあるのでは・・・・って。
最後に食べた夕食の中に入れたものが良くなかったのではとか・・・・
苦しんで疲れ切っているKenに「頑張って」と言っている自分は、とても自分勝手に思えて「Ken、もう頑張らなくていいよ。」と言った瞬間に行きを引き取ったKen。
その時「ハッと」して、我に返った時「私は今何て事言ったんだろう。そういう意味じゃなかったのに」って。
後悔あるんです。
そんなことを、今でも考えますが、初めの頃は言い訳を考えていましたが、ある時から言い訳ではなく、事実を認めることの方が辛くないと思えるようになって、全てを認めその思いを家族に話す様になれました。
だけど、時間はかかります。
だから、SHINOBUさんも今はチェリーちゃんがなくなったばかりで、心の整理がつかないのは当たり前。
沢山の時間を経て、きっとSHINOBUさんの乗り越え方が見つかるはずですから、今は素直にチェリーちゃんの亡くなったことを悲しみましょう。
って、私は思いますよ。
都合のいい考え方、OKです。
罪悪感なんて感じることないです。
by Mie (2015-10-17 09:53)
Mieさん☆
自分が受け入れているのかどうかすら、よく分らない状態ですが、以前に考えてた自分の悲しみ方と全然違って、わりと元気に過ごせていることに戸惑っています。
もっと、ペットロス感満載だと思っていたのに、案外元気にお線香を立ててる自分がいて・・・
きっと、チェリーちゃんが私に元気になるように最後に振る舞ってくれたような気がしてなりません。
あの子の黒い瞳が最後まで閉じなかったのが印象的でした。
その黒い瞳に今までどれだけ助けられてきたか・・・
なので、悲しむことは避けたいと思っているから、ここまで元気に過ごせているのだと思ってます。
本当に辛い時期に助けられた分、元気に生きていくことが、なによりもあの子への恩返しだと思うので、これからは、元気に過ごしたい!
明るく見送って供養してあげたいと考えてます。
私があまり泣くと、心配して天国へ行けないかもしれないので、天国への道のりで迷子にならないように、私のご先祖様に家族の一員として天国へ導いていただけるように、亡くなった日から毎日の日課としてお祈りしています。
それくらいのことしか、今はしてあげられないので、今できる精いっぱいの恩返しだと思ってます。
Mieさん、ご心配してくださって、いつもありがとうございます!!
by SHINOBU (2015-10-18 23:32)
5年前になりますが、
実家のシーズー(マックといいます)が、15歳で亡くなりました。
母が旅行のときは私が散歩係・・・昔は一緒に住んでいたので、
思い入れも大きく、とても悲しくて、
今でも写真を見ると、少し来るものがあります。
by やっしー (2015-10-19 07:55)
やっしーさん☆
いつまで経っても、家族として一緒に暮らした思い出が甦りますね!
たくさんの楽しい思い出をくれたチェリーちゃんに感謝の気持ちでいっぱいです。
きっと、先に旅立ったチョコがお迎えに来てくれて、仲良く旅立ってくれてると思います。
いつまでも悲しい気持ちもありますが、あの子たちが喜んでくれるやうな私でありたい…そう思います。
by SHINOBU (2015-10-20 00:49)
麻酔なしでよかったですね。結果は同じかもしれないけれど、安心感を得られただけでもよかった。
5匹飼った最初のは麻酔で、心臓が弱ってそのままでした。乳腺腫の手術だったから仕方なかったのですけど。
でも、いいなぁ、しのぶさんは、これからも飼える、ウチはもう最後です。
どの子も腕の中で眠りについてくれましたし、長命でした。
ポピーも、あと僅かでしょう。もう飼えません、私たちもすぐに後を追うでしょうから。
唯一の救いは、「ペットと一緒に入れるお墓」を買ってあることです。2人と1匹、同じ場所で再会できることを考えると、気持ちの何処かでホッとしています。
by okko (2015-10-22 16:29)
Okkoさん☆
今、犬の介護問題やら、葬儀事情など、日々多様化してるみたいですねー!
先日、ローカルニュースで特集してました。
犬と一緒に入れるお墓があるのは知りませんでした。
出来ることなら私も犬と一緒に入りたいなぁ~☆
by SHINOBU (2015-10-24 01:31)